第255回 意匠学会研究例会 発表要旨
■フィン・ユールの家具に対する評価について
-消費者としてのデザインからの脱却を通して-
多田羅 景太/京都工芸繊維大学
フィン・ユール(1912-1989)はデンマークの家具デザイナーの中でも,数々の美しい家具をデザインしたデザイナーとして知られる存在である。しかし建築を学んだフィン・ユールは,ハンス J.ウェグナー(1914-2007)やボーエ・モーエンセン(1914-1972)のよう家具職人としての修行を積んでいないことに加え,家具デザインに関する専門教育も受けていない。そのため,フィン・ユールがデザインした椅子には構造的に合理的ではないものも見られ,一部のデザイナーや家具職人からは「構造音痴」と揶揄されることもあった。しかし,家具職人ニールス・ヴォッダーとの協働によって作られたフィン・ユールの家具は,その彫刻的なフォルムが海外でも高く評価され,1950年代にはデンマークを代表する家具デザイナーのひとりとなった。
現在フィン・ユールがデザインした家具の現行品はワンコレクションによって製造されているが,ニールス・ヴォッダー工房などで過去に製造されたビンテージ品は,オークションハウスやビンテージ品を専門に取り扱う業者において高値で取引されている。また2022年には東京都美術館で「フィン・ユールとデンマークの椅子」展が開催されたが,これはデンマークのビンテージ家具がプロダクトの範疇を超えて,いわゆる美術品としての側面を持ち始めていることを示唆しているといえよう。このような状況を踏まえ,本発表ではフィン・ユールの家具が,量産を前提としたプロダクトから美術館で鑑賞される美術品へと変化していった過程を考察する。
フィン・ユールが家具デザイナーとして主に活動していた1940年代から1960年代は,デンマークモダン家具デザインの黄金期と合致しており,彼の業績を辿ることで黄金期の活況とその後の衰退期の要因が浮き彫りになるであろう。また1990年代中頃に始まったデンマークモダン家具デザインの再評価から現在に至るまでの,フィン・ユールの家具に対する商業的価値および文化的価値に対する考察を通じ,現代社会におけるフィン・ユールの家具の位置付けを明らかにしたい。
■コンテンポラリージュエリーに見る伝統工芸の素材と加工技術の分析
松村 拓/京都工芸繊維大学大学院博士後期課程
本研究は,コンテンポラリージュエリーにおける日本の伝統工芸技術の応用と,その素材の特性や加工方法の分析,さらにそこから生み出される付加価値の抽出に焦点を当てるものである。これまでのコンテンポラリージュエリーの研究では,その歴史や時代ごとに見られる革新性や表現手法などが主に分析されてきたが,伝統工芸との関わりについては十分に詳細な分析が行われていない。昨今,日本の伝統工芸品をジュエリーとして加工し,身に着ける形で販売するケースが増加しているが,その多くは工芸品のサイズを縮小する加工にとどまり,伝統工芸の問題解決に寄与する十分な付加価値の創造に至っているとは言い難い。一方で,ドイツ・ミュンヘンで開催される世界的なコンペティション「SCHMUCK」は,コンテンポラリージュエリーの最前線を示す重要な場であり,今年の2月に開催された2024年の「SCHMUCK」では日本の伝統工芸技術を取り入れた作品が高い評価を受け,日本人作家がHerbert Hofmann Prize(ホフマン賞)を受賞した。
本研究では,この「SCHMUCK」の出展作品を分析対象とし,それらの作品がどのように伝統工芸技術のプロセスを活用し,伝統的な素材や工芸技術の価値創造に貢献しているのかを導き出す。そのために,素材自体がクリエーションを先導し,加工プロセスにクリエーションの独自性が内在しているという仮説に基づき,コンテンポラリージュエリーの制作プロセスを「素材選定」「成形加工」「表層加工」の3つの段階に分けて分析する。コンテンポラリージュエリーの重要な要素である作家の主観性や意図などの観測不能な部分には言及せず,客観的に観測可能な素材や技法とその結果に着目する。
本研究の目的は,コンテンポラリージュエリーにおける加工方法から新たに抽出された視点や価値が,伝統的な素材工芸技術の発展や価値創造にどのように寄与しているかを明らかにし,それらの要素が他の工芸分野にも応用される可能性を探ることである。