第253回 意匠学会研究例会 発表要旨
■吉祥図像としての麻姑について
毛 嘉琪/京都女子大学大学院
東洋美術には吉祥を伝えるシンボルとして多くの図像・文様が存在する。本発表が注目する麻姑(まこ)は晋時代(265-420)に成書した『神仙伝』に記載された道教の仙人である。その容姿は若く美しい女性で、鳥のように長い爪をしているという。台湾故宮博物院蔵の伝馬和之《麻姑仙像》に描かれた麻姑は長い爪の他に、杖に掛けられた花や霊芝が満載された花籠と多数の瓢箪が特徴的である。このように一般的に麻姑とは女性の誕生を祝う吉祥図像とされ、花籠や瓢箪を携え、時に霊芝や桃を持ち、侍女や鹿を伴った爪の長い若い女性の姿で描かれる。また、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」もよく知られる画題であり、そこから長寿を象徴する女仙とされることもある。
日本人には馴染みのない仙人のようだが、長い爪をしたその手で背中をかいたら気持ちよさそうだという「麻姑の手」の逸話から音が変化し「孫の手」になったとされている。とはいえ麻姑は中国以外での認知度は低く、西王母や毛女といった他の女仙と混同されることもしばしばある。そのため本研究では『神仙伝』に始まる女仙・麻姑に関わる記述を精査するとともに、麻姑の図像が用いられている絵画や工芸品を調査し、その特徴や歴史的な変遷を明らかにすることを目的とする。
本研究の結果判明したのは、麻姑が清代以降に多く描かれるようになるという現象である。これには同じく長寿を祝う仙人である毛女との関係が指摘できる。毛女は明代以前の絵画や工芸品にその姿を多く見ることができるが清代に入ると突然描かれなくなる。足を見せていることが毛女図像の特徴だったが、纏足の普及で女性の足を描けなくなったのである。そして、この毛女の代わりとして採用されたのが美しい手が特徴の麻姑だった。足を見せる毛女から、美しい手を見せる麻姑への変化は、当時の中国社会における女性の表象を検討する上で重要な示唆を与えるものとなる可能性がある。