第247回 意匠学会研究例会 発表要旨

■秦公簋銘のデザイン性に関する研究
WU YUNFENG/京都工芸繊維大学大学院

 現在中国国家博物館に所蔵されている秦公簋は、甘粛省天水市で出土し、春秋時代の秦国が製作した穀物を盛るための青銅器である。秦公簋は総高19.8㎝、口径18㎝、腹径23cm、足径19.5cm、器内底と蓋にそれぞれ銘文が表されている。器身に刻まれた銘文は10行で計54字あり、そのうち重文(くり返し記号)3字、合文(2字以上を合体したもの)1字を含む。蓋に刻まれた銘文は5行で51字あり、そのうち重文1字である。銘文は蓋の10行から器身の5行につながって合計105字の一文となっており、12代にわたる祖先の功徳を述べ、政権が永く強固に続くことを願っている祭文である。
 秦公簋が出土したことは、文字学や歴史学の研究に歴史的な裏付けを与えるだけでなく、書道の研究に良い法書を提供した。そのデザインを研究することはまたフォントを開発するにあたってのインスピレーションの源にもなる。
 東周以来、各諸侯国は史籀大篆をベースに書体の革新を推進し、独自の発展を遂げた。その革新には大きく分けて楚国に代表される装飾的な文字と、秦国に代表される実用的な文字の2つの方向性がある。秦公簋銘は、当時大篆といわれる実用的な書体の代表作であり、史籀大篆の書風を受け継ぎながら秦国独自の様式を取り入れた。その大篆銘文は承前啓後の役割を果たし、秦が天下を統一した後の公式書体「小篆」の起源でもある。
 筆法から見ると、点画を角張らせず、荘重さと柔らかさを兼ね備え、曲線から剛直さが感じられる。結体から見ると、多様な字形が用いられるが、その文字の布置は規則的で、線質が均一である。章法から見ると、この器の銘文が一字ごとに印刷活字のような文字の型を用いて全文の文字笵を作り、鋳造したもので、活字印刷術の先駆けと見なされる。この方法は他国の銘では極めて稀なことで、文字の配置としては斬新な方法と考えられる。装飾性から見ると、楚国の装飾的な文字とは異なり、『易経』に潜む「文質一致(外見の美と内面の実質が一致すること)」という設計思想が色濃く反映されている。秦公簋銘は荘厳かつ雄健の風を帯びており、先天的に芸術的な雰囲気に満ちている。



■「サムットタイ」にあるデザイン手法
CHAROENKIJKAJORN POSSANUNT/京都工芸繊維大学大学院

 600年前、タイの古代王国アユタヤでは「グラフィックデザイナー」という職業はありませんでした。しかし、サムットタイは貴重な文化遺産の芸術作品でありながら、当時のデザインの考え方には、現代のブックデザインに通じる部分があります。
 フランスの首席大使シモン・ド・ラ・ルベールは、その著書『Chronicle,Du Royaume de Siam』の中で「シャムの人々は知識がないのに不快な絵を描いていた」と書きました。また、アユタヤのナライ王の時代、1685年にシャムに渡ったフランス人の作家、ニコラ・ジェルヴェーズが『Histoire naturelle et politique du Royaume de Siam』に同じことを著していました。
 今日に至るまで、西洋人のものの見方の影響を受けて、タイのイラストの特徴である2Dのソリッドカラーの図形は、今でも同じように認識されています。デザイン思考のアイデア、コンセプト、クリエイティブな方法はありますが、それらはすべて見落とされています。アユタヤ王朝が滅亡した後、次のトンブリとラッタナコーシンの時代になっても、アユタヤ王朝の伝統的なスタイルを大切にしています。本研究では、アユタヤからラッタナーコーシン時代初期のサムットタイのイラスト、レイアウト、ナレーション方法について焦点を当てます。
 歴史、目的、素材、技法、表現をツールとしてサムットタイを分析します。本研究の目的は、このタイの伝統的なサムットタイの独自性を見出すために、そして、タイの伝統的な絵画のユニークな点を、タイのデザイナーに再認識してもらうことです。このユニークな点を、現代のデザインに適用させることで、タイらしさを演出することができるでしょう。
 サムットタイの折本型式は、現在の出版プロセスとは相容れないかもしれませんが、サムットタイの連続的な広がりの特徴が、現在流行しているウェブサイトやアプリなどのデジタルメディアの閲覧方法と似ています。サムットタイのデザイン思考をデジタルメディアに適用することで、デザインの新たな可能性、特にタイらしさを表現するデザインの可能性を引き出すことができると思います。