第242回 意匠学会研究例会 発表要旨

■「『ラ・ジュテ』の物語構造と「フォト・ロマン」というその独自の形式との関係について」
伊集院 敬行/島根大学

 クリス・マルケルの短編『ラ・ジュテ』(Chris Marker, La Jetée , 1963)において、主人公の強迫観念の正体が実は自分の未来であったという偶然の一致と、真実を知ったときはすでに手遅れという悲劇を可能にするのが、その時間旅行という仕掛けである。幼少のころ、崩れ落ちる男とそれを見て驚愕する女という光景に出会い、それに囚われて成長した青年が、時間旅行でその女性とめぐり逢い、恋におちる。そして物語の結末、遠ざかる意識の中で彼は、その強迫観念の中の男がほかならぬ自分であったことを知る。
 だが、『ラ・ジュテ』は本当に偶然の一致の物語なのだろうか。主人公はどこかで自分の見たものの意味に気付いていたのではないだろうか。というのもこの物語には明らかにトラウマ探しという構造があるからである。そしてこのことに気づくなら、この物語にエディプスのシナリオが見られることにも気づくだろう。この場合、『ラ・ジュテ』は、去勢不安を克服できず、エディプス・コンプレックスを抱えたまま成人した男性が、精神分析で過去に遡ることで、去勢を再体験する物語ということになる。
 では、もし『ラ・ジュテ』がそのような物語だとすれば、『ラ・ジュテ』のさまざまな特徴――1)奇妙な時間旅行の描写、2)全編ほぼ静止画という形式と一瞬だけ動く映像の対比、3)その動く映像が女の瞬きであること、4)時間旅行がもたらす物語の円環構造――はどのように理解・解釈できるのだろうか。映画として分類することにためらいを覚える『ラ・ジュテ』独自の「フォト・ロマン(写真小説)」という形式とその物語との密接な関係を、デザインという視点から考えてみたい。



■「近代ヘネラリーフェ修復における植物の使用法及びランドスケープとの相関性」
佐藤 紗良/東京大学東洋文化研究所

 アルハンブラ宮殿は南スペイン、グラナダに位置する城塞都市で、13世紀のナスル朝(イベリア半島最後のイスラーム王朝、1238-1492)の時代から本格的に建設が開始された。この建物群は長年の改築や修復により常にその姿が変化してきたことから、スペインにおける歴史的建造物の修復モデルケースとなってきた。こうした建造物において造営時の空間構成を特定するのは困難であり、ましてや庭園の復旧作業は建築のそれよりも様々な制約を受ける。
 本発表では、アルハンブラと接続するヘネラリーフェ離宮における20世紀の庭園修復に焦点を当てる。ヘネラリーフェは豊かな水と植物を持つ庭園群及び簡素な建築群で構成され、1921年に国の保有物としてアルハンブラに統合されてから国家的な修復が開始された。大規模に介入した最初の修復責任者はレオポルド・トーレス・バルバス(Leopoldo Torres Balbás, 1888-1960)であった。彼はスペインにおける科学的修復の第一人者で、歴史的建造物の保存というアプローチを国内の修復界にもたらした人物であり、建築のみならず庭園や果樹園などランドスケープ空間にも介入した。トーレス・バルバスの庭園修復において特筆すべきは植物の使用法である。彼はアルハンブラ構内の複数の庭園で、壁の代替物、装飾品、過去の状態を復元する道具として植物を利用し、ヘネラリーフェにおいてそれらの方法を集結させた。こうした植物の利用法の体系化は当時画期的であったにもかかわらず、彼の庭園修復とランドスケープ観の相関性を詳細に分析している先行研究は僅少である。
 本発表では修復記録や著作などからトーレス・バルバスのランドスケープ観の剔抉を試みた後、彼の植物の使用法をヘネラリーフェの庭園群からそれぞれ考察する。また、ヘネラリーフェ自身が持つランドスケープ的特徴にも目を向けつつ、これらの考察結果を照合することによって、彼のランドスケープ観がヘネラリーフェの庭園修復にどのように作用したのかを明らかにする。加えて、それが今日グラナダの庭園デザインに与えている影響をも示唆する。