第224回 意匠学会研究例会 発表要旨

■ パターンによる流行受容─初期『ハーパース・バザー』の重要性
平芳裕子/神戸大学

『ハーパース・バザー』はアメリカの代表的なファッション雑誌である。本発表では、創刊の1867年から1880年代初頭までに着目し、初期の時代における「ファッション誌」としての特徴と、『ハーパース・バザー』が19世紀後半のアメリカのファッション文化に果たした役割について考察する。  『ハーパース・バザー』はアメリカ初のファッション誌とみなされている。初期にはベルリンの『デア・バザー』と提携しパリの流行情報を掲載したが、オリジナルのファッションを提案するというよりもむしろ、ヨーロッパの流行文化圏 にアメリカを位置付けることが目された。また流行のファッションを伝えるだけではなく、服作りのためのパターンを付録や通信販売で扱い、衣服の制作方法や パターンの使用法に関する記事、新しい裁縫道具の広告を多数掲載した。従来の女性誌と同様『ハーパース・バザー』もまた、刺繍や裁縫などの針仕事を奨励し た。だが、それまでのように単に教養の向上が目指されたのではなかった。服作りに関する技術の習得と商品の使用を奨励することによって、女性たちは「裁縫」という伝統的振舞いを通して、家庭内に居ながらにして消費経済に導き入れられていった。さらに『ハーパース・バザー』は、パリに誕生したオートクチュールをアメリカの女性たちに紹介した。特にシャルル・フレデリック・ウォルトやエミール・パンガなどのファッションを好んで掲載したが、注目すべきは オートクチュールそのものではなく、オートクチュールに倣うスタイルのパターンを雑誌付録や通信販売で扱ったことにある。『ハーパース・バザー』の読者にとって、パリのオートクチュールは同誌のパターンを通じて入手可能なファッ ションであった。『ハーパース・バザー』は、パターン付きのファッション誌として流行のモデルを普及させ、「ファッションに倣う」という女性たちの振舞い を身体化させるメディアとしての役割を果たしたと言える。



■意識圏からみる地域観 鶴ヶ丘生活圏の調査から
杉本 清/無所属

 我が国では、政府が置かれる地域を中央とし、それ以外の地域を地方とする。 この中央と地方を垂直関係から「地域」としての水平関係に、国家の権力集中に対して地域の人々の参加システムに視座を移したのが、地域主義である。玉野井芳郎、杉岡碩夫、清成忠男、増田四郎らは1970年代から80年代初頭に、「中央」よりも「地域」を重視する思想を展開してきた。また21世紀に入り、伊藤香織らが都市への愛着や誇り=シビックプライドをまちづくりに活かそうという都市再 生の手法がとりあげられるようになってきた。  一方で多くの都市は高齢少子社会、産業や雇用の縮小、財源不足と累積債務の増大、地域コミュニティの崩壊など、都市の成立要件を脅かすような問題を抱え込んでいる。この都市問題に対して、これまでの開発や活性化重視の方法から再生やコンバージョンやリデュースの方法への解決策の移行がみられるようになっ てきた。多くは都市論としての解決を試みようとしている。  このような状況のなか、都市部の生活圏は今どのような状況で、今後どのような生きのび方をしていくのが望ましいのかについて、筆者は都市部生活圏の事例 としてJR鶴ヶ丘駅(大阪市)を中心とする生活圏域を対象に調査と地域催事 「鶴ヶ丘スクエア」による実験観察への参加を通じて、当該地域の生活者の意識と行動をもとにした地域づくりのシビックデザインを考察することを試みた。  この結果、人と人のつながりからみる生活圏はきわめて狭域であることと、行政の地域区分や地域コミュニティの活動に加えてクラブやサークル、教室等アソシエーション集団が地域の人びとのつながりを形成していることが判明した。地域づくりには、地域住民が主体的に参加するアソシエーション集団の活動と地域住民が地域共同性によって組み込まれる地域の既存コミュニティとの関係性の構築が課題であり、これに行政の地域づくり事業を加えて地域づくりのデザイン手法を展望する。