第240回 意匠学会研究例会 発表要旨

■ 五輪誘致と結びデザイン ─2016年誘致の事例から─
矢島 由佳/同志社大学文化情報学部 後期博士課程

 2016年夏季五輪の開催都市に東京が立候補した際に、誘致活動シンボルとしてインダストリアルデザイナー栄久庵憲司の水引をモチーフにしたロゴマークデザインが2008年に起用された。国家的行事の開催を目指し、栄久庵が水引をそのモチーフに選んだ理由は何か。水引モチーフデザインが受け入れられ、誘致活動に使われたのはなぜであろうか。栄久庵は、大陸、国、人、日本と世界、子どもと未来等、あらゆるものを結びつけあい、一つにしたいという意味と願いを込めてロゴマークのコンセプト「UNITE」を決めたという。水引をモチーフに起用した理由として、国造りの神話、小野妹子により中国から水引の原形がもたらされたこと、慶弔時に水引が使われてきたことに言及の上、日本人の中にある「結び」の心を水引が象徴的に現わしていることをあげた。先行研究として、2016年のオリンピック招致のロゴマークについて輿石まおりが、論文「《東京2016ロゴ》について 」が挙げられる。同論文はロゴマークを大会コンセプト、ビジュアルデザインの視点に基づいた論考を提示した。一方、ロゴマークのモチーフである水引に内在する特質性については、「水引が日本独自の礼儀を示唆する 」という内容言及にとどまり、具体的にそれが何を意味するのかは述べていない。本稿は、水引に内在する、社会的、文化的意味を考察する。その上で、五輪誘致活動という国家的活動において、「紙」という儚い素材からできた水引が国家規模での五輪誘致の象徴として取り上げられるに至ったのかを明らかにすることを目的とする。



■ クリストファー・ドレッサーのジャポニスム序説 ─旧蔵資料に着目して─
竹内 有子/大阪大学

 19世紀後期の英国で活躍したクリストファー・ドレッサー(Christopher Dresser,1834-1904)は、西洋の産業デザイナーとしては初めて日本を訪れた人物である。1876年に来日を果たした彼は、明治政府から請われて工芸の生産地の視察を行うとともに、日本建築および文化の実情を西欧に伝えた。1882年、ドレッサーはこの体験をもとに『日本─その建築、美術、美術製品─Japan: Its Architecture, Art, and Art Manufactures』を刊行した。
 ジャポニスム研究において、ドレッサーはその最初期の貢献者と位置づけられてきた。彼は1860年代以降、著述とデザイン活動の双方をもって、西欧のジャポニスムを牽引したからである。しかしながら、先行研究ではドレッサーがどのような日本の版本にアクセスして、造形の参考とし得たのかについてはあまり調査されていない。同様に、彼が『日本』に掲載した図版について、そこに引用された日本の版本の特定も未だされていない。
 発表者は、このたび英国のウェルカム図書館が所蔵する、ドレッサーの旧蔵書(五種の版本)を閲覧する機会を得た。管見の限りではそのほか、英国の二機関が上記と異なる種類の旧蔵資料を一冊ずつ所有している。それら版本の内容を照合したところ、ドレッサーが『日本』に所収した図版の原典を特定するに至った。さらに同図書館は、創設者ヘンリー・ウェルカム(1853-1936年)がドレッサーの蔵書を得る機会となった、オークションのカタログを所蔵している。このオークションは1905年(ドレッサーの死後)、彼の所蔵品の売立てのために開催されたものである。その目録には、日本の工芸品を中心に393点が記載されている。同カタログを参照することにより、ドレッサーが、どんな工芸品を日本で入手しデザイン制作に役立てたか推定する手がかりとなる。本発表では、彼が版本をいかなる評価のもとに自著に所収し、英国製品の質の向上や自らのデザインに応用しようとしたのかについて考察する。