第235回 意匠学会研究例会 発表要旨

■ 雑誌『藝術写真研究』における「光のリズム」の展開
─1920 年代の言説を中心として─

芦髙郁子

 日本写真史において、1920年頃から「光のリズム」という語によって写真における表現を捉えようとする動きがあったことは既に言及されている。しかし、その「光のリズム」という概念が具体的にどのような表現を指し、その表現はどのように展開していたのか、また、その展開に応じて「光のリズム」という語の意味がどのように変化していったのかについては、いまだ十分に考察されているとは言い難い。本発表は、この「光のリズム」という概念の全体像を捉えることにより、「芸術写真」と「新興写真」の過渡期とも言える1920年代の写真表現の一端を明らかにしようとするものでる。
 「光のリズム」という概念の萌芽とも言える言説が語られるのは、南實の初めての著書である『藝術寫眞の研究』(1921年)においてである。南はこの著書で、「デザイン」という語を用い、被写体の再現に捉われない写真の新しい表現方法を提示した。この「デザイン」概念は、1922年、南實と新藤政之助による同名の作品《デザイン》として視覚的に表現されることとなる。南の提唱した「デザイン」とは、光による形象からなる非常に感覚的な快美そのものを目的とした写真表現を指していた。南の言説を追うと、さらに、この時期、写真表現に対して音楽用語が多用されていたこともわかる。
 「デザイン」という概念は、後に南の後を継ぎ雑誌『藝術寫眞研究』の主筆となる中島謙吉に大きな影響を与えることとなる。中島は、南の「デザイン」概念が意味する抽象的な光と影の構成の中に「光のリズム」を見出し、「写真の表現主義」を打ち出した。中島にとって「光のリズム」とは写真に芸術としての独自の表現性を与えるものであった。
 南と中島によって提唱された「光のリズム」の概念に基づいた作品は、雑誌『藝術寫眞研究』のなかに多数確認することができる。それらの作品は、光と影による抽象的な形象で構成され、さまざまな音楽用語を用いて評された。雑誌における、作品とそれに対する批評用語の結びつきが本発表の議論の鍵となる。



■ コペンハーゲン・キャビネットメーカーズ・ギルドによる展覧会について
多田羅景太/京都工芸繊維大学

 20世紀中頃を中心に、デンマークでは数多くの優れた家具がデザインされた。小国デンマークにおいてこれらの家具が短期集中的に誕生した背景の一つとして、1927年から1966年にかけて毎年開催されたコペンハーゲン・キャビネットメーカーズ・ギルドによる展覧会が挙げられる。この展覧会は、コペンハーゲンを中心とした家具職人組合が、販売促進を目的として開催した家具見本市を起点としているが、開催を重ねる毎に、デザイナーや建築家と家具職人との協働によって生まれた新作家具を発表する場として成熟していった。この展覧会については、先行研究や関連書籍において頻繁に紹介こそされているが、詳細な分析、研究が十分行われたとは言い難い。
 本研究では、コペンハーゲン・キャビネットメーカーズ・ギルドによる展覧会の40年間の展示図録40 years of Danish furniture designを基に、各年代の参加メーカーやデザイナー、そして家具の素材やスタイルの変化などについて分析を行う。本図録は家具デザイナーであり、インテリア雑誌『モビリア』の編集長としても活躍したグレーテ・ヤルク(1920~2006)が中心となって取り纏めたものである。ナチス・ドイツに統治された第二次世界大戦期間中も途切れる事無く40年間に亘り開催された展覧会を開催年、会場、メーカー、デザイナー、素材、写真、当時の新聞記事からの抜粋などの情報によって詳細に記録した本図録は、20世紀中頃のデンマーク家具デザインの変遷を客観的な視点で俯瞰する上で最適な資料といえよう。
 前述の通り、本展覧会の重要性については先行研究で指摘されてきたが、十分な分析は行われていない。本研究では、図録を網羅的に調査し、従来あまり言及されることのなかったメーカーやデザイナーにも光を当てることにより、当時の文脈に即したデンマーク家具デザインをめぐる状況を再現する。それによって、これまで語られてきた主要メーカー中心のデンマーク家具デザインの歴史に厚みを持たせ、20世紀中頃に黄金期に至った背景を掘り下げる。