第221回意匠学会研究例会 発表要旨

■視覚表現における「引用」についての研究
小津琢磨/大阪工業大学

 絵画やイラストレーション、ヴィジュアルデザインなどの視覚表現において、他人の表現を引用することは広く行われてきた。パロディ、オマージュ、アプロプリエーション、サンプリング、リミックス、カットアップ、パスティーシュなど、他者の引用を指す言葉は多く存在し、それぞれにニュアンスが異なる。また、図像そのものを引用するに限らず、モチーフ、構図、形態、思想、など要素的に引用が行われるケースも多い。
 例えば、美術史においてみれば、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」を引用したエドゥアール・マネの「オランピア」や、ダヴィンチの「モナ・リザ」の複製に髭を落書きしただけの、マルセル=デュシャンによる「L.H.O.O.Q」、ポップ・アートにおける商用美術の引用など、多くの例が挙げられるが、その意義は既存の価値観の破壊であったり、視覚実験であったりと様々である。ヴィジュアルデザイン、とりわけ広告においては、引用はパロディという形で多く用いられている。
 本研究では、視覚表現における引用の事例を収集・分類し、年代における傾向や引用時に付加される解釈、引用が及ぼす視覚効果などについて考察するものとする。



■19世紀英国のデザイン教育における色彩論の形成過程―官立デザイン学校を中心に
竹内有子/大阪大学

 ニュートンの『光学』以来、近代西欧では色彩論の刊行が相次ぎ、画壇・産業界に影響を与えていく。英国においては、自国の化学者ジョージ・フィールド(George Field,1777–1854)の色彩論が19世紀半ばまで大きな影響力をもち、ターナーやコンスタブルからラファエル前派、さらには官立デザイン学校(Government School of Design)のデザイン教育者たちにも幅広く参照された。美術史家ジョン・ゲージは、フィールドと関係した画家たちには言及しているが、デザインの領域まで調査を広げておらず、近代英国の色彩論について、同校のデザイン教育と絡めて論じた先行研究は殆どない。
 本発表の目的は、官立デザイン学校が構築したデザイン教育施策において、教授された色彩論の内容とその形成過程を明らかにすることである。芸術総監督リチャード・レッドグレイヴ(Richard Redgrave, 1804-88)と卒業生で芸術植物学の教鞭をとったクリストファー・ドレッサー(Christopher Dresser, 1834-1904)ら同校の関係者たちは、参照すべき色彩論として、フィールド、装飾家のヘイ(David Ramsay Hay,1798-1866)、フランスの化学者シュヴルール(Michel Eugène Chevreul, 1786-1889)らの書物を挙げている。彼らは、フィールドの『クロマトグラフィーChromatography』(1835 年)とシュヴルール『色彩の同時対比の法則Law of Simultaneous Contrast of Colours』(パリ1839年)の理論を基礎として、学習用テキストを作成し、デザイン教育に役立てようとした。
 本発表では、ロイヤル・アカデミーにおける色彩観等の比較を通じて、官立デザイン学校で教授された色彩論・教育の意味を考察する。そして、そのデザインの応用へのインパクトについて検討する。