第207回意匠学会研究例会 発表要旨

■「家具デザインの模倣規制について -商標法、不正競争防止法を中心に-」
多田羅 景太/京都工芸繊維大学

 近年インターネットや雑誌などのメディアを通して、20世紀初頭から中頃にかけて著名な建築家や デザイナーらによってデザインされた家具(以下、デザイナーズ家具と称する)の模倣品を目にする 機会が増加している。先行論文『家具の模造品が日本市場に及ぼす影響―ジェネリック製品について の考察―』において、筆者はこのような模倣品が数多く生み出された背景を分析し、それが現在の 日本市場に及ぼす影響について考察した。そして模倣品が国内市場に氾濫する要因として「20世紀 初頭から中頃にかけてデザインされた家具に対する人気の高まり」を挙げ、これが模倣品業者にとって 大きなビジネスチャンスとなっていることを明らかにした。
 一般的に工業製品は新製品への人気が高く、発売から数年後にはその製品に対する需要は著しく低下する 傾向にある。最長保護期間が20年の意匠法はこのような工業製品のデザインを保護するためには有効で あるといえよう。しかしながらデザイナーズ家具のようなロングライフデザインにとってその効力は 限定的であるといわざるを得ない。本発表ではこのような意匠法の限定的効力を補完する新たな手法と して、商標法(立体商標)と不正競争防止法に着目し、今後デザイナーズ家具のデザインをいかにして 保護するか展望を示したい。
 手順として、まず近年の判例を取り上げ、日本において家具のデザインが立体商標として認められた例、 それから不正競争防止法によって模倣品業者が訴えられた例を紹介する。次にそれぞれの法律と照らし 合わせ、家具のデザインが立体商標として認められるための要件と、模倣品業者の行為が不正競争として 認められるための要件を分析する。その上で、現在模倣されているデザイナーズ家具において、商標法 または不正競争防止法を活用することで、模倣規制につながる可能性が高いモデルを示す。以上を 踏まえて、今後デザイナーズ家具をはじめとするロングライフデザイン保護の在り方を考察したい。



■ヴィオレ=ル=デュックと北斎漫画
藤田 治彦/大阪大学

 中世建築の修復と『フランス建築百科事典』『フランス家具百科事典』等の大著の著者として 知られる建築家、ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ=ル=デュック(Eug_ne Emmanuel Viollet-le-Duc, 1814-1879)は、パリのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)用に準備しながら、抵抗勢力の 妨害により中断を余儀なくされた講義のノートをもとに『建築講話』を刊行後、『住宅の物語』 『居住地の物語』など、建築や住まいに関する一般向けの啓蒙書の執筆に力を注ぎ、その最後の 著書は『デザイナーの物語』(1879)であった。同書は、以下の二点で注目される。
 第一に、建築家、建築修復の専門家、そして合理主義的建築思想によって知られるヴィオレ=ル= デュックは、若い世代にとってのデザインおよびフランスにおけるデザイン振興の重要性を認識し、 唱導する、同国にとってはまれなデザインとデザイン教育の先駆者であったことが、最後の著書 『デザイナーの物語』に確信される。このことは、ヴィオレ=ル=デュックがフランスの美術アカデミーと エコール・デ・ボザールにおけるクラシックな建築教育の最大の批判者であったことと考え合わせると、 デザイン史研究上重要である。
 第二に、ヴィオレ=ル=デュック最後の著書『デザイナーの物語』は、北斎および『北斎漫画』に 触発されて上梓された側面が大きいことが、同書と『北斎漫画』全15編を比較すると、かなり 明らかになる。『デザイナーの物語』のなかでは、レオナルド・ダ・ヴィンチと北斎(あるいは北斎に 代表される日本の絵師)が対等に比較されており、ヴィオレ=ル=デュックの「デザイン観」 「デザイナー観」を知る上で興味深く、私たちに、「デザインとは何か」「デザイナーとは何者か」を 再考する機会を与えるという意味でも、同書は重要である。